高野山森林鉄道跡を訪ねて [③森林鉄道]
高野山森林鉄道は、紀ノ川沿いの九度山を起点に、途中細川で花坂線が分岐し、高野山を東西から挟み込むような路線を形成していました。
明治38年に開通、大阪営林局高野営林署の運営で主に国有林の木材搬出を行い、昭和38年に廃止となりました。
2005年11月27日、スルっと関西高野山1dayチケットを使い日帰りツアーを楽しみました。早朝に京都を出て、午前10時に紀伊細川駅に降り立ちました。
駅から西へ、長い坂を降りきったところが細川の分岐点跡です。
西 裕之氏著「全国森林鉄道」77ページの写真(高橋弘さん撮影)を手がかりに歩きました。
半世紀前の写真ですが、山や川の形、当時の面影を残す建物から通過地点が想像できます。
写真1 細川の分岐点
細川の分岐点は本線と花坂線がしばらく並び、花坂に向かう谷をやや過ぎてから本線と別れ(写真1),築堤・橋りょう・切り通しと、U字形にカーブしながらやや戻るように花坂方面に向かっています。このあたりの様子は(図)にまとめましたのでご覧ください。
図 紀伊細川付近見取り図
行く前の予想では地形どおりに川と一緒に分岐していくのかと思っていたのですが、実際にはかなり大回りして高度を稼いでいました。
橋本まで戻り友人と合流し昼食、午後は極楽橋付近を歩きました。
このあたりは大正2年にインクラインが紀伊神谷付近に開設され、一時支線化し、戦後インクラインが廃止され再び本線化されたところです。
写真2 道路橋の下に残る石張りの橋脚
この歴史から考えると、インクライン化されたあとに南海電車が開通し、再び本線化したときには南海電車が先住者として存在していることになり、この線形は納得できますが、何分定かではありません。
この道路橋を反対側から見たところが(写真3)です。
写真3 写真2 の橋を紀伊神谷側から撮影 トンネルの奥が極楽橋駅
何となく森林鉄道の味を含んだ橋ですが・・・どなたかご存知の方がおられましたら、ご教示ください。
結局この日の歩数は33,000歩。いい運動になりました。
軌道跡を歩いた感想は、本当に傾斜が緩いですね。
はじめまして。自分も西さんの本を見ながら現地へ行ったことがあります。本収録の地図では詳細はなかなかつかめませんでしが、以下のHPが大変参考になりました。
ミステリー仕立てで楽しく読めました。
http://www4.kcn.ne.jp/~yuji2000/
(高野山の謎)
by 元鉄ハイカー (2006-05-28 09:42)
コメントありがとうございます。私も「高野山の謎」HPは興味深く読ませていただきました。行く前は位置関係がよくわからなかったのですが、実際に行ってみると、それぞれの写真が自分の歩いた景色とつながって益々興味が深まりました。
紀伊細川駅のホームで電車を待ちながらボーっと景色を眺めているとき、その景色が本の写真(50年前)と同じ場所とわかった瞬間、これは最高です。
やっぱり現地へ行くのが一番ですね。
by てくてく交通社 (2006-05-31 00:28)